夏の高校野球と言えばもちろん甲子園球場。でもその産声は1915(大正4)年、旧豊中村の豊中グラウンド(豊中球場とも言われた)で上がりました。会場が兵庫県の鳴尾球場に移されるまで、大会は2回開催されました。[Googleマップを見る]

こちらは、高校野球のオールドファンにとって余りにも有名な、第1回大会の大阪朝日新聞社社長(当時)村山龍平(むらやま りょうへい)氏による始球式。(以下のサイトより転載)
(白球の世紀:3)秋田の快進撃、予想覆す 高校野球(朝日新聞デジタル 2018年1月11日 16時30分)
今回、こちらのモノクロ写真を、AIを使ってカラー化してみました。

ご覧ください! AIが正しく分析していれば、ですが、マウンドを含め全面が芝生に覆われているように見えます。私はこれまで、何の疑いもなく土のグラウンドだと思っていたので、大変驚かされました。
そこで、Wikipediaで「豊中グラウンド」を調べると、こんな記述がありました。
1913年(大正2年)に現在の阪急電鉄の前身である箕面有馬電気軌道が建設・設置。当時の広さは2万m2 (=2ヘクタール (ha))で陸上競技場としても使われ、日本フットボール優勝大会(現・全国高等学校サッカー選手権大会及び全国高等学校ラグビーフットボール大会)の会場にもなった。
グラウンドは、フットボール(サッカー・ラグビー)にも使われていたのです。そのことから、AIの分析の信頼性は決して低くない、と言えるのではないでしょうか。
AI技術は日進月歩です。これまで、当たり前と思っていたことが、そうでなかった、という発見に、今後も出会えることを楽しみにしています。豊中グラウンドが芝生だったかどうかは、継続取材します。
